KATOの14系さくら発売決定

http://www.katomodels.com/product/nmi/14kei_14.shtml

詳細が出ています。14系「さくら」は去年末のカタログに予定品として出ていましたが製品化まで結構早いっすね。キハ30が数年掛かったり、ED76九州型が立ち消えになったりとしていたので14系寝台も数年はかかるかいつの間にか消えているだろうと思っていたのですが…。

14系寝台よりも突然のEF65P五度目のリニューアルの方が注目を浴びているようですが、うちはEF58専科ですからwww いやKATOの本気、見させてもらいまっせ。

ちなみに14系さくらではボディマウントのカプラーを本格採用、両端はナックル、中間は密自連ナックルといった具合です。付属するオシ14はカプラーをナックルかアーノルドに取り替えるだけで14系ハザに組み込めて「リバイバルつばめ」が再現できるという念の入れよう。

さくら号の思い出というと、自分が唯一乗ったことのあるブルートレインだということと、やはり西村京太郎のトラブルミステリーの代表作の舞台、ということでしょうかね(´ー`)。

さくら殺人事件は東京行きさくらの車内にあった死体が忽然と消えて、それがさくらが到着する前に東京で発見された? というトリックでしたが、そのトリックのヒントが「EF58」「セノハチ」というわけです。

僕はこれでEF58という電気機関車を知ったのです。古い旅客用の電気機関車で足は速いが牽引力は弱いという特性を持った機関車ということも。
もっともそのトリックは卑怯だろ、というミステリファンの声もあったりしたようですが鉄道マニア的に見ても実際に予備も含めて所定数が揃っていたと思われるEF65PFが一両故障したところで14系フル編成を従えてのセノハチ運用に困難が付きまとうEF58が登板するかという疑問や、死体を14系からセノハチ登板中のEF59orEF61200番台のデッキに移すとなればかなりの困難を極めるわけです。
幌や渡り板のないところを、しかも暗い夜間に死体を担いでデッキに移るわけですよ。補機側の機関士がグルで手を貸したとしてもかなりの危険が伴います。当時は走行中の解放をやっていたでしょうから、タイミングがズレれば線路に死体もろとも落下です((((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル

自分はテレビドラマでしか見てないのでそこら辺原作ではどうなっているのだろうかと。これをやるとしたらセノハチ超えの補機の機関士や釜の運用を司る下関運転所がグルにならなきゃ遂行は不可能です。

とまあ西村京太郎の話はここまでで。ようつべでNゲージのさくらの映像がUPされているのを発見したのでリンクしておきます。トミックス製の14系とKATOのPFが牽引していますがなかなかこれが格好いいのです。

僕が「さくら」に乗ったのはもう20年前の話。横浜から長崎まで年末に弟と一緒に乗ったんですよ。一度でいいからブルートレインに乗りたいということで小学校六年生の頃でしょうか。念願のブルトレ旅が出来たわけです。

年末の帰省ラッシュ前ということもあったのか、行きのスハネフ14には僕と弟、それと横浜から島原に行くという親子三人しか乗っていなかったのがとても印象的、というより2005年の廃止を暗示するような乗客の少なさでした。帰りはなんと僕と弟の二人しか乗っていません(;´Д`)。車掌さんからは誰も乗ってこないから上の寝台で寝てもいいよと冗談まじりで言われましたが、落ちるのが怖くて下段で寝ましたwww

食堂車で食べたビーフシチューや朝食のバイキング、それと早朝での下関駅での機関車付け替えを見たりと、なかなかの旅だったと記憶しています。朝食では旅行中らしきインドの方と同席したり、機関車付け替えの時、真っ暗な下関で下車したら車掌さんに「今からEF81が来るからよう見とき」と一緒に見に行ったりと人情に触れた旅でしたねw

ちなみに僕は下関の機関車付け替えではてっきりステンレスの300番台がやってくるかと思ったら、赤い400番台でガッカリした思い出がありますw 300番台はJR貨物の所有になっていてブルトレの先頭に立つことは少なくなっていました…。

そういうノスタルジーさも含めて、KATOの14系「さくら」には期待を込めたいところです。さよならのトミックス、追憶のKATOであれば僕は追憶したいですね。心の中と模型ではいつまでもさくらは走り続けます。