特急“燕”その時代を見に行くのこと

ここはどこでしょう? 

先日のエントリーで触れた「特急“燕”その時代」を見に、新橋までやってきました。建物は初代新橋駅を復元したもので、かつての汐留駅の跡地というわけです。ビルばかりが立ってて、昔の汐留駅の面影はありません。

15年ぐらい前に再開発中に初代新橋駅の遺構が発見されて、しばらく汐留再開発が遅れたこともありました。

残念ながら館内は撮影禁止だったので、展示とは関係ない外の写真一枚しか撮れませんでした。

内容については戦前の燕について触れていて、戦後、そして東海道線全線電化後の「つばめ」については全くといっていい程触れていませんでした(ヽ´ω`)。

展示内容は燕が当時は国際観光列車としての性格を帯びていたこと、好評で臨時燕が常に設定されていた、当時流行していたものの展示といったもので、丹那トンネル開通後はEF55も先頭に立っていたことぐらいでした。

戦前の、少しだけ平和だった一時期に燕は国際観光列車として東京と神戸を結んでいたというわけですが、色々とキナ臭くなると海外からの観光客も激減。その後、戦時色が強くなっていった昭和18年に廃止の憂き目に。

鉄道に優等列車が走っているのはある意味、平和である証明なのかもしれんなぁと終戦記念日も近いのもあって、しみじみと感じた次第。ただし現代の東海道筋に線内特急がほとんど走っていない理由は全く別だったりしますが。

しかし、戦後復興の象徴であり一番「燕」改め「つばめ」が輝いていた時期も取り上げて欲しかったかなぁ。展示室も狭かったので仕方ないのかもしれないのですが、その後のつばめでも戦後の運転再開した頃の「C62+スハ42系」時代のつばめと、そこかないきなりすっとばして「151系」「181系」「583系」「787系」「800系」という具合でしたw 
最近、Nゲージネタから離れていますが、何しろ九月まで何も購入予定がないという有様なのでw いやお財布には優しいのですが…。