鶴見線乗りある記

先日の浜川崎ネタに続いて、今度は鶴見線ネタですw 鶴見線というと、僕の中では工業地帯を走るローカル線であり、そしてクモハ12の独断場だった路線でした。
自分が小学生から中学の頃は週末は大体、鶴見線乗り鉄撮り鉄をしていたぐらい鶴見線にハマり込んでいましたw
鶴見というロケーションは、当時はグリーンマックスの直営店*1があったので写真撮ったら今度はGM鶴見店に立ち寄る、というパターンだったと思います。

そんなわけで、先週は浜川崎から塩浜(今の川崎貨物駅)まで歩いたから、今回は浜川崎から南武支線に乗り換えて川崎に行ってみようか、ということで乗り鉄してきましたよ(´ー`)。

鶴見駅鶴見線ホームのベンチ。鶴見線は昔、鶴見臨港鉄道という私鉄がその前身だったので鶴見線ホームは私鉄チックなところもあります。鶴見線のホームはクモハ12が居なくなった今もちょっとブレーキ油臭のような独特の匂いが漂ってるのですね。

鶴見線ホームと駅舎は戦前のモダンな作りが今も残っています。

でホームで待っているとやってきたのは205系の三両編成。自分が知る時代の鶴見線は101系で少しづつ103系冷房車が進出していた時で、クモハ12鶴見駅まで顔を出したりしてました。

今や山手線から都落ちした205系が走っている時代なんですね。

途中の国道駅は有名なスポットですが、これはまたいずれ。以前、一度降りたことがあるのですが駅舎内は薄暗くてスラム街っぽい雰囲気もあります。今も高架下に住んでる人がいるようで、一度住んでみたいものですw

鶴見川を渡って次の鶴見小野まではごくごく普通の住宅地が続くので、東急池上線大井町線、昔の京急空港線に近い雰囲気がします。が、鶴見小野を出るといよいよ工業地帯に突入!ヽ( `Д´)ノ
弁天橋から浅野までは右手に操車場跡が続きます。近くの工場に入る側線やら色々とあったようですが、今はその面影もありません。昔は貨車が絶えず止まってC11やDD13が入れ替えに勤しんでいたのでしょう。
弁天橋には車庫が併設されていて、以前の開放日にはEF5861も展示されていたこともあります。多分、唯一の鶴見線でのEF58入線記録ではないかと思いますがどうでしょうか。

そしてなんだんかんだで浜川崎到着。びっくりしたのは今の鶴見線って日中は浜川崎止まりが大半なのですね〜。昔は扇町行きと海芝浦行きが交互に来てました。ここから南武支線に乗り換え。南武支線鶴見線は、その前身の関係からホームが分かれています。頻繁に通っていた20年程前は南武支線浜川崎駅には駅員が配置されていたと思ったのですが今は無人駅です。

南武支線ホームから。このモーターカー、僕が小学生の頃からここに留置されていて、20年近く放置されている計算になります。20年越しの再会ですねw 

左側の線路は先日、沿線を歩いた東海道貨物支線です。この先は高架となり塩浜操車場まで続いています。上の高架は塩浜から鶴見線の安善方面に貨物列車を直通するための短絡線ですが、今は廃止されていてレールも剥がされている状態です。

そして南武支線に乗って川崎へと向かいました。南武支線は最後まで101系の定期運用があった路線でしたが今は205系に置き換わっています。

後は尻手→川崎という順路で帰りは京浜急行で横浜へ帰りました(´ー`)。

自分が昔、夢中になっていたクモハ12や101系も今は走っていないのですが、あの鶴見線の独特の雰囲気は今も健在。大川行きが朝夕だけになったりと、本数は何気に減ったり廃止になった専用線の跡地が整備されたりと、確実に変化しているような気もするのですが、今度は海芝浦まで乗ってみようかなぁと思う次第(´ε`)。

*1:現在はGM傘下から独立してリトルジャパン鶴見店として盛業中